2019年11月01日

第8回 メイプルイン幕張の歴史を紐解く – その2

 

■はじめに
前回の第7回目のコラムは、昭和30年代頃の幕張の様子について、「メッセの町は海だった」という写真集を参考にしながら、松田榮子専務の記憶の引出しに込められている当時の想い出などを大いに語って頂きました。今回は、それに引き続き、メイプルイン幕張が建設されたときの状況について、いまもホテルに保管されている数多くの資料をもとにお伝え致します。

 

 

■ホテルの軌跡を示す資料
これまで、環境への取組みに関する打合せや意見交換を行う中で、メイプルイン幕張の現状を的確に把握し、未来に向けて明確な方向性を打ち出すためには、ホテルの建設にあたって作成された図面や公的な記録などを探し出す必要がありました。幸いなことに、メイプルイン幕張には、設計図書や構造計算書を含めた確認申請に関する書類、施工図や竣工図なども含めて、重要な資料のほとんどが残されていたのです。

 

それ以外にも、どのような建物を建設するのかを検討した初期の構想案や、客室の大きさを確認するために描かれた見取り図、地質調査を行ったときの標本、手描きの完成予想図や内観パースなども保管されていることがわかりました。このような書類というのは、一旦、竣工してしまうと、年月とともに、どこかに葬り去られてしまうことも多いため、それらを見つけたときには大変に感激しました。

 

その一つ一つをじっくりと読み解いて行くと、建築主を含め、ホテルの建設に携わっていた多くの方々の軌跡を辿ることができると同時に、この計画を最後まで誠実に成し遂げようという強い意気込みや情熱さえも感じられるのです。そういった想いを表現したメイプルイン幕張の原点ともいえる文章が、1991年(平成3年)に作成された第一期工事の設計図書の冒頭に書かれていますので、ここに公開させて頂くことに致しました。

 

 

■計画趣旨
以下の画像は、青焼き図面に納められた「計画趣旨」の全文です。文字が読みにくいため、画像の下に本文を書き添えました。また、読みやすくするため、段落の箇所や文頭の字下げなどを修正しましたが、それ以外の表現や漢字、括弧書き、句読点等は、すべて原文のままとしました。建築主と設計者の熱意が少しでも伝われば幸甚です。

 

MIM_東館_竣工図_002_計画主旨_1.2_190704DFPKK

 

□計画趣旨全文|1991年(平成3年)
平成2年夏、当計画は具体化の緒に就いた。

 

計画地周辺からは今だ鎮守の森を遠望することができ、そこ此処に点在する畑地では野鳥が嬉々として餌を啄み、人々は自然と共生されている。

 

計画地に建並ぶ数棟の大型ビニールハウスには豊穣な苺が列なり、日々収穫して出荷されている。隣接する宏大な埋立地に建設されていた幕張メッセや野球場・大学等が次々に完成、東京湾岸を通るJR京葉新線も開通し、超高層ビル群も姿を現しつゝある。

 

これらの諸施設群と『幕張本郷駅』を結ぶ路線バスの運行も始まり「京成線幕張本郷駅」の完成も真近で、いよいよ幕張地区の一大整備事業は具現化されようとしている。この為、のどかな景観を呈している計画地の周辺には数多くの槌音が響き、日を待たずして急激に都市化が進むと想定される周辺環境にある。

 

他方、土地や建設工事費の高騰が止まらず、これらを制御する為に、高金利策や土地取引きに対する融資が抑制されている中にあって、米国の景気後退やイラク戦争等が重なり、わが国の長期間続いてきた好景気にも蔭りが見え始め、既に土地の投げ売りや倒産、マンション価格の低下等が起こりだし、紙上には農地に関する宅地並課税の強化が盛んに報じられている。

 

このような世相下にあって、計画地は『幕張本郷』の駅前に立地している為に、営農をこのまゝ継続していては駅前の街区整備を疎外し、活力ある街造りに寄与できないと判断し、公共下水道の完成に歩を合わせて当建築計画は具体化の運びに至った。

 

計画地の面積は1,000坪。整形の平坦な土地区画整理事業完了地であり、3,000坪の構築が法的に許容され、周囲4面を道路が取囲み、内1本は幅員18mのバス通りに面している。更に南面には、道路を挟んで400坪の土地を有し、800坪の構築が可能である。

 

これらの規模からみて、本計画地に関する建物は幕張本郷駅前の顔となるべき建築群であり、その計画指針は街区の方向性を左右する社会的責務を担っている建築計画であるといえる。この為、建築計画の具体化にはこうした認識に基づく慎重な計画姿勢と高度な施工技術の存在が求められる。

 

今日の建築に関する傾向は、社会的な高級志向と建築工事費の高騰等に対抗する為に、建物効率をより高めざるを得なく、必然的に土地の集約による建物の大型化が促進されている。

 

この趣旨に沿えば本計画地は大型ビルの構築に最適な立地規模にあるが、本建築計画は種々検討の結果、自主経営の確立と不透明な経済環境に対応する為に、敢えて、これらの趨勢に抗して「機能別分散型建築」の計画を選択している。従って、本建築計画は当ホテル計画を始め・学生寮・高級単身者用マンション・店舗・事務所等を順次棟別に構築し、全体計画を整えていく指針である。

 

これらの計画指針に基づいて、第一次計画は1,000坪の計画用地の内、東北の角地「212坪余」を用いて『ビジネスホテル』と全計画の推進を統括する『管理事務所』を(RC造6階建636坪)をもって建築する計画である。

 

『ビジネスホテル』の事業成立は、地元から遊離しての存在はありえない。その上、本建設工事は全体の計画に於ける初陣の「第一期工事」である。従って、工事に伴う近隣迷惑や事故等によってご近所に反感を抱かれたり、第二期以降の工事に悪影響を及ぼすようなことが絶対にあってはならない立場にあり、特段に慎重な施工姿勢が求められる。

 

また、本建築計画は近隣各位を始め、建設関係者、銀行、行政府等、多くの方々の多大なるご協力を得て具体化された経緯にある。従って、本計画の実施には関係各位のご意向やご要望等を勘案しつゝ、幕張本郷駅前街区の発展に寄与するように努めなければならない建築計画である。

 

 

施主 (有)鈴平 鈴木佐平次
企画 幕張実業株式会社
設計監理 (株)日創建築・都市設計事務所

 

■完成予想図
冒頭にも書きました通り、メイプルイン幕張には、ホテルの完成予想図もいくつか保管されています。現在、幅広く普及しているコンピュータを用いた作図や描画は、約30年前の1990年代の前半頃から少しずつ普及し始めてはいましたが、メイプルイン幕張が建設された時期は黎明期に入ったばかりであり、設計図書も含めてまだまだ手描きが主流の時代でした…。

 

完成予想図_東館_外観_190717S4PMKK

▲完成予想図/外観|北側全景

 

完成予想図_東館_内観_1_190717S4PMKK 完成予想図_東館_内観_2_190717S4PMKK

▲完成予想図/内観|フロント周囲                      ▲完成予想図/内観|客室

 

 

■おわりに

今回は、1991年(平成3年)に作成された第一期工事の設計図書の冒頭に記されている計画趣旨と、設計時に描かれた完成予想図を紹介させて頂きました。次回は、メイプルイン幕張が建設される前の様子や、第一期工事の着工から竣工までの軌跡を、ホテルに残されている当時の写真とともに振り返りたいと思います…。

 

 

■文責
一級建築士事務所 エネクスレイン

 

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